今日から7月ですね。

私は、7月って好きです。

夏の始まりに心躍らせる感じも好きですが、“7”という数字の持つパワーの魔法が大好きなんです。

気がつけば2009年ももう後半にさしかかりました。

7月はきっと、いいことがたくさん起こる、素敵な月になりますよ☆

2009.06.30 Tue l ├幸せ l Comments (0) Trackbacks (0) l top
私が最近、徹底して行おうとしていることに、「自分が本当に欲しいもの以外は受け取らない」というものがあります。

それが人が与えてくれるものであっても、自分が自分に与えるものであっても、です。


* * * *


 つい最近、私が高校生の頃から親しくしている方から、
 「あなたっていいわね、自分の夢をすべて叶えていて・・・」
と言われました。
 その時私は心の中で、
 「それはちがう!!私は最近やっと、自分の本当の夢のゴールに続くスタートラインに立ったばかりなのに!!」
と、叫びにも似たようなものが込み上げてきていたのです。

 でも、その方がそう思われるのも、自然なことなのかもしれません。

 私は高校生の時、その方の影響で留学を夢見るようになりました。
 でも、当時の私にとって留学なんて夢のまた夢という感じで、まさか自分が本当に留学することになるなんて、正直思ってもいなかったのかもしれません。
 そして大学に進学し、大学の交換留学のプログラムに応募したものの、応募したアメリカの大学は倍率が高くて留学することができなかったんです。
 その時は、本当にショックでした。留学は、私にとって長年の夢でしたから・・・。

 一時は留学の夢をあきらめようともしました。
 でも、どうしてもあきらめられず、「これが最後のチャンス」と思い、次の年にまた交換留学に応募したのです。
 その時私は既に大学3年生だったので、留学の審査に受かったとしても、実際に留学できるのは4年生の後期から。つまり、留年しなければ、1年間の交換留学はできないという状況でした。
 それでも私は、どうしても留学したかったので、留年覚悟で交換留学のプログラムに2度目の応募をすることにしたのです。
 
 2度目は、1回目の失敗を活かして、十分に応募の準備をすることができたと思います。
 それでも、私の中に「もしかしたら今年もだめかも・・・」という不安がありました。
 私は、これが最後のチャンスという思いもありましたから、確実に留学できる道を選ぶため、アメリカの大学ではなく、カナダの大学への交換留学に応募することにしたのです。

 当時(今でもそうかもしれませんが)、アメリカの大学の人気とは対照的に、カナダの大学への交換留学に応募する人は、毎年ほぼゼロでした。
 理由は、カナダの大学はアメリカの大学よりも高い英語力(TOEFLのスコア)を要求するからです。
 交換留学に応募する学生にとって、英語力(TOEFLのスコア)はとっても高いハードルの一つです。
 留学するための最低基準(CBT213点・PBT550点)を満たすことも困難な人が圧倒的に多い中、カナダの大学だけは飛びぬけて高い英語力(CBT237点・PBT580点)を要求していたのです。
 それゆえ、ほとんどの学生がわざわざリスクをとってカナダの大学に留学しようとは思わないわけです。

 でも私には、もう後がありませんでした。
 それに、交換留学の審査に一度目で落ちた時、私は関係者からこんなことを聞いていたんです。
 「今年、カナダの大学への応募者はゼロだった。もし誰かカナダの大学を希望していたら、その人はすんなり審査に通っていただろう」
と・・・。

 結局、時が経ってもその言葉が私の頭から離れず、どうしても確実に留学したいという思いと、当時カナダ人の友人と親しくしていたということもあってか、カナダへの留学を希望するに至ったのです。
 それに、カナダはアメリカと同じ英語圏の国だし、アメリカともほぼ同じだって聞くし・・・とも思っていました。

 そんなこんなで、結局私は交換留学の学内審査に合格し、やっとの思いで必要な英語力の水準(最終的にCBTで257点を取りました!)をクリアし、念願の交換留学の夢を叶えることができたのです。

 そうして実現したカナダ留学は、私にとって本当にいい経験となりました。
 たくさんの素敵なお友達が世界中にできましたし(今でも彼らとの交流は続いています☆)、英語力も飛躍的に向上しました。
 本当に、すごく素敵な体験で、日本に帰ってくるのがとても悲しかったのを覚えています・・・。

(パート2に続く)
2009.06.28 Sun l ├生き方 l Comments (0) Trackbacks (0) l top
(パート1からの続きになります★)

 交換留学を終えて日本に帰ってきてからは、私は自分の進路を決めなければならない時期にありました。
 就職するつもりは全くなかったので、大学院への進学しか考えていませんでしたが、私は二つの選択の間で揺れていました。
 一つ目は、日本の法科大学院(ロースクール)に進学し、日本で弁護士になること。
 もう一つは、海外の大学院に進学し、IMF(国際通貨基金)でエコノミスト(経済学者)になること。
 
 どっちかに絞れなかった私は、結局「両方トライする」ことにしたのです。
 「両方やってみて、うまくいった方を選べばいいや。もしどっちもダメだったら・・・その時はフランスでワーホリ(ワーキングホリデー)でもして、フランス語を身につけて帰ってこよう」
と(笑)。

 そして結果は・・・
 
 両方うまくいってしまったのです!!

 正確に言うと、最初は日本のロースクールに合格しました。その時既に海外の大学院への出願書類は提出してしまった後でしたが、私は突然ふと、
 「私の出願書類では海外の大学院は受からないかもしれない」
と客観的に思ったのです。

 なぜかというと、私は「経済学者になる」ということを本当は望んでいなかったからです。
 私は、ただ単に、「IMFで働く」ということに憧れていただけだったのです。
 そして本当は、私は弁護士という職業に惹かれていたのだということを、日本のロースクールの合格という出来事を通して悟ったのです。

 そのことを悟ってからというもの、私は即行動を起こしました。
 「確かまだ、ミシガン大学の修士課程の締め切りまで時間があったはず・・・!」
そう思って、締切日を確認したところ、締め切りまであと1ヶ月ほどありました。
 私は、全く新しい志望動機書を書き上げ、何とか推薦状を無理矢理3通集め(これは本当に大変なエピソードでした(笑)。機会があればまた詳しくご紹介したいです)、必要な書類を全て揃え、締切日前に出願書類を提出することができたのです。

 これをして本当に、正解でした。
 結果的に、それより以前に出願した大学の博士課程は全て不合格で、最後の最後で出願したミシガン大学の修士課程からのみ合格通知をもらえたのですから・・・。
(どうしてミシガン大学には合格できたのかについて、ここでは深くは触れませんが、ヒントは自分の本当にやりたかったことを志望動機書の中に織り込んだということです。)

 そんなわけで、私は日本のロースクールに1年半通った後、ロースクールを休学し、ミシガン大学の修士課程に進学し、現在に至っているわけです。


* * * *


 この課程だけを見ると、確かに私は、夢を全て実現させているように見えるのかもしれません。

 しかし、そんな見た目とは裏腹に、自分のやりたかったことを全て実現させてしまった後に感じたことは、「今の自分には何もない」という虚無感だけだったのです―― 

 今思えば、そう感じても当然だったのかもしれません。
 それまで私は、「手段」を目標にしていたからです。
 留学は、夢という「何か」を叶えるための「手段」に過ぎません。
 その「手段」を目標にしてしまうと、それを達成した時点でそこからの行き先を見失ってしまうからです。
 私は、いろいろやっている割には何も形として手にしていない自分が、ひどくちっぽけで無力な存在に感じられて仕方がなかったのです。

 この虚無感は、留学中の私をとても苦しめました。
 お金もエネルギーもたくさんかけて、やっとの思いで留学したのに・・・。
 それなのに、どうして私は今こんなに苦しいの?
 
 そんな虚無感を振り切ろうと、日本に戻って法律家になることを再び考えたりもしました。
 だからこそ、司法書士試験を受験することを決めたという面もあるのかもしれません。
 とにかく私は、自分が本当にやりたいことを見つけようと、外へ外へと、意識を広げていっていたのです。

 しかしその時、私は根本的な間違いを二つおかしていたのです。
 一つは、自分が本当にやりたいことを見つけたいと言いながらも、「母に認めてもらえる社会的地位の高い職業」という発想の枠を抜け出すことができなかったことです。
 確かに、「法律家になりたい」という夢は私が自分で見つけたものです。
 しかし、その背後にも、「これなら私も興味があるし、母にも納得してもらえそう」
という発想がベースとしてあったのです。

 二つ目は、自分で自分の能力を勝手に判断し、「自分の手の届きそうな範囲」で自分を満足させようとしていたことです。
 これは、私が今までおかしてきたあやまちの中で最も大きなものだったと思います。
 カナダ留学にしても、そうでした。本当はカナダではなくアメリカに留学したかったのに、無難な道を選ぶために、カナダ留学で「妥協」したのです。
(結果的にカナダ留学も素敵な体験になったので、カナダに留学したことを後悔はしていないということを、付け加えておきますね。)
 日本のロースクールにしても、そう。本当はアメリカのロースクールに進学して、アメリカで弁護士になりたかったのに、英語が母国語でもない自分がアメリカで弁護士になれるわけがないと、そう勝手に思い込んでいたのです。そして、日本で弁護士になるという「似たような道」に進むことで、自分を満足させようとしていたのです。

 しかし、今だからはっきり言うことができます。
 「似たような道」は、一見似ているように見えて、「本当に進みたい道」とは全く別のものなのです。
 本当の自分を見つけようと思うなら、「似たような道」ではなく、「本当に自分が進みたい道」を進まなくてはいけないのです。
 そうでないと、「似ているけれど違う道」の中で、忙しくて不本意な現実に追われて、自分が本当にやりたかったことが何なのかわからなくなってしまうからです。
 
 私はそのことを、身をもって体験しました。
 そうやって、いろいろな体験を経て、こうやって自分が心からやりたいと思うことを見つけることができたのです。
(私の大好きな佳川奈未さんの著書、『全ては目覚めた人からうまくいく』(講談社)の中にも、同じような内容のことが書かれていますので、よかったらそちらも読まれてみてください☆)


 そんなわけで、私はこの「自分が本当に欲しいものを受け取ることを自分に許可する」ということと、「本当に欲しいもの以外は受け取らない」ということを徹底することを心がけています。
 後者に関しては、物・体験・感情に関して実行するようにしているのですが、これがとっても難しいんです!
 特に感情に関しては、まだまだ修行中(笑)で、時にはどうしてもネガティブで不快な感情に支配されてしまうこともあります。
 でも、そうした不本意な状況にいつまでもコントロールされるのは悔しいので、最近は少しずつ、いい状態に回復するための術を学びつつあります。
 場合によって、回復までにかかる時間にばらつきはありますが、それでも少しずつ確実に、状況は好転していっているように感じます


 私も早く、ポジティブな成功者の仲間入りをしたい
 そして、いつも「本当の自分」でいられる私でありたい


 "When will my reflection show who I am inside?" (Christina Aguilera, "Reflection")
2009.06.28 Sun l ├生き方 l Comments (0) Trackbacks (0) l top
何と昨日、運よくオリエンタルラジオのお笑いライブを生で見ることができたのです!!


オリエンタルラジオ


何という偶然でしょう!

昨日たまたま、高校時代にお世話になった英語の先生と一緒に、小倉駅前のコレット井筒屋の11階でランチをすることになったんです。
もちろん、コレット井筒屋でオリエンタルラジオのライブが行われることになっていたなんて、当日行ってみるまで知りませんでした。
ランチが終わって、たまたまイベント会場の横を通りかかった時に、ライブの整理券が配られていたので、何となくもらってしまったんです(笑)

そんなわけで、特にオリエンタルラジオのファンというわけでもないのに、おいしい席でお笑いライブを生で見れることとなったのです、しかも無料で!!

そうやって近くで見たオリエンタルラジオのお二人の姿に、正直とっても感動しました
とても素敵なスーツを着て、堂々とステージの上でライブをされていたんです。
すごく貫禄があって、オーラを感じました★
しかもライブの内容もとっても面白くって、おなかの底から笑わせていただきました(笑)

やっぱり、何でも本物に触れることはいいことですね。
今回改めて、人に笑いを提供する素晴らしさというものを実感できました
これからも、お二人のことを応援していこうと思います☆
2009.06.28 Sun l ├感動体験☆ l Comments (0) Trackbacks (0) l top
実はつい最近、日本に帰ってきました☆

実家のある福岡に帰ってきたのは、年末に一時帰国して以来です。
年末は1週間ほどしか日本にいられませんでしたが、今回は7月28日まで滞在できます
久しぶりに自分の日本専用の携帯(ディズニーモバイル)を使えるのはいいのですが、使い方さっぱり忘れちゃってました
アメリカで使ってる携帯とは使い勝手が少し違うので、やっぱり混乱しますね。。

携帯だけではなく、日本に帰ってくるということ自体、私にとっては少し混乱でした。

昨日までまったく違う文化のアメリカという国で、アメリカ人のボーイフレンドや友人たちに囲まれて生活していたのに、今日は福岡の実家で家族と日本語をしゃべっている・・・
もちろん、日本語をしゃべること自体に違和感はないのですが、何と言うか、自分の置かれている環境というものに違和感を感じます。

今までの私はきっと、この環境にフィットしていたのでしょう。
でも今の私は、もはやその時の私ではないのです。
もうここは、私のいるべき場所じゃないのかもしれません。
そのことを、私は最近強く感じるようになりました。

そのことを表すかのように、日々、私の心は一点をめざしているような気がします。
アメリカの文化が恋しい。
アメリカ人が恋しい。
アメリカ式のコミュニケーションが恋しい。
もちろん、英語も恋しい――

最近改めて思います。
アメリカとは何と美しいところでしょう。
土地も、人も、文化も、全てが美しい・・・。
私はそういうふうに思います。

もちろん、私は日本も大好きです。
自分の生まれ育った大地ですもの。
私の日本を慕う気持ちは、一生変わらないと思います。

でも、私がアメリカを求める気持ちは、日本を慕う気持ちとはまったく違う次元のものです。
ですので、二つの気持ちは矛盾するものではありませんし、両立しうるものなのです。

私の魂は、純粋にアメリカを求めています。
本当に、ただ純粋に・・・。
私は、ディズニーの『リトル・マーメイド』が大好きです。
人間の世界に憧れるアリエルの気持ちが、アメリカに憧れる私の気持ちとオーバーラップするからです。

アメリカに行っても、確かにいいことばかりではありませんでした。
アメリカには良いところと同じくらい、問題点もたくさんある。
いいことだらけでは決してない。
でも、日本もそうだと思いませんか?
どこに行ってもきっとそれは同じなんだと思います。
私は、全部をひっくるめて、アメリカという国が好き。

そのことがはっきりとわかった今では、私はもう迷わない。
自分が本当に欲しいものを知ってしまったから。
覚悟は、信念に変わる――


Yoshimi
2009.06.25 Thu l ├幸せ l Comments (0) Trackbacks (0) l top
ここでは、ミシガンのかわいい動物たちをご紹介します


あらいぐまの赤ちゃんです★
Baby Racoon 1


あらいぐまの赤ちゃんとお隣さん♪
Baby Racoon 2


木の枝の根元にいるの、わかりますか??
Racoon on The Tree


大学のキャンパスにはたくさんのリスがいます☆☆
Union Squirrel 1


地面に座って木の実を食べてるところが一番かわいい
Diag Squirrel 1


キャンパスで一番のおでぶちゃん
Diag Squirrel 2


えさを持ってる人のこと、わかるみたいです
  「もっとちょうだい
Diag Squirrel 3


アメリカには、かわいい動物がいっぱい★★★
2009.06.18 Thu l ├感動体験☆ l Comments (0) Trackbacks (0) l top
(パート1からの続きになります)

そうして、めでたくアダムとお付き合いさせていただくようになったわけです。

こんな私ですが、外国人男性と真剣にお付き合いするのはこれが初めてです☆(デートだけなら何回か経験はあるのですが。)

男女の違いというものに加えて、文化の違いというものもある国際恋愛は、とっても貴重な体験だと私は思います。

今まで自分が当たり前のように抱いていた考えや、自分自身のことについて、全く違う文化の人に対して「こうです」と説明しなければならないとき、あらためてそれらのことについて考えさせられるものです。

そして、「今まで私はこうだと思っていたけれど、こういう見方もあるかもしれない」とか、「今まで意識してなかったけど、私って実はこういう考え方をしているのかも」という発見があったりするのです。

詳しくお話すると、話が長くなるのでまたの機会に譲ろうと思いますが…。


 ということで、前置きが長くなりましたが(笑)、私の体験談や友人の話などから、アメリカ人男性について気づいたことをいくつかご紹介したいと思います。

 まず、たいていアメリカ人男性とデートをした日本人女性は、とにかく感動します(笑)
 彼が学生であったとしても、デート代はかならず男性側が払おうとしますし、ドアなんかももちろん開けてくれるわけですし、とにかく女性を丁寧に扱ってくれます。

 それだけでなく、デート中でも離れている時でも、常に彼女がいい気分でいられるように気を配ってくれます。彼女が心配しないように、連絡なんかもこまめにくれますし、"I love you"なんて一日に何回も言ってくれたりするわけです。(もちろん、全てのアメリカ人男性がそうだというわけではありませんが、一般的な傾向として、特に男性が女性に対して真剣であればあるほど、その傾向は強いと思います。)

 そういうの照れくさくて苦手・・・という女性ももちろんいるでしょう。でも、はっきり言えるのは、アメリカ人男性はこれらのことをとても心地いい感じですんなりとやってくれるということです!
 そういう風に女性を扱う文化のない日本人男性が同じ事をしようとすると、きっと周りにいる人は違和感を覚えると思います。
 しかし、小さい頃から女性とはそういう風に扱うものだという文化の中で育ってきたアメリカ人男性にとって、そういった行動をとることはごく自然にできてしまうようです。
 私のアメリカ人の友人も、今まで彼が付き合った日本人女性は彼の態度に感動したと言っていました。
 初めて付き合った彼氏がアメリカ人男性だった・・・という友人は、以後日本人男性には魅力を感じなくて困っているとか(笑)
 
 こんな具合に、アメリカ人の彼氏を持つとまず日常生活の中に感動が生まれます(笑)

 逆に、日本人女性がアメリカ人男性と付き合って最も苦労するのは、「全部こちらが言うまで気づいてくれない」ということではないでしょうか。
 日本人女性には、「言葉で言わなくてもこちらの気持ちを察して欲しい」という思いが少なからずあるのではないでしょうか。日本文化の中では、自分の感情を直接表に出すという行為は、子供じみたことであるという認識が強いように思います。
 だから、「何も言わない=全て順調」と捉えてしまうアメリカ人男性と順調にお付き合いするには、自分の内面で起きていることも全て言葉で説明しなければならず、そのことが日本人女性の「私の気持ちを察して欲しい」という欲求と衝突するわけです。

 でも、これって男性全般に共通することでもあると思うんですよね。
 日本人男性にだって、日本人女性の気持ちはそうわかるもんじゃありません。
 その男女の違いという土台の上に、更に文化の違いや言語の違いが重なって、日本人女性はアメリカ人男性との関係にとっても苦労するのだと思います。

 でも、個人的には、異性と本当にいい関係を築こうとするのなら、この問題は人種・国籍関係なく、乗り越えなければならない課題であるのだと思います。
 私の長年の親友である友人も、彼氏さんは日本人ではありますが、やはり同じような問題と戦いながら、それでも大事に二人の関係を温めてきて、今年めでたく結婚が決まったのです。
 ですから、本当はこのことは「アメリカ人と付き合う大変さ」というよりも、男性全般との関係においてあてはまることなのだと思います。

 ただ、異文化圏の人と付き合うと、この問題は早いうちから表面化します(笑)
 それが嫌で、「やっぱり同じ文化の中で育った日本人の彼氏のほうがいい」と、日本人男性のもとに戻っていった日本人女性も、たくさんいると思います。
 (私はといいますと、国籍を問わず、男性とは女性にとって愛すべき存在であると信じております(笑))


ここまで長々と書いてきましたが、最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

私がお伝えしたかったこと、ちゃんと伝わってるといいのですが(笑)

アダムへの感謝も込めて。

 
2009.06.15 Mon l ├幸せ l Comments (0) Trackbacks (0) l top
早いもので、気がついたら現在の彼氏と付き合い始めて1年半が経ちました。

よく喧嘩もするし、いまだに不安定さを感じる関係ではありますが、
それでもこうして二人が離れられずにいるのは、出会いが運命的すぎたのでしょうか。。。


 今から1年半前、当時私は日本の法科大学院(ロースクール)の未修コースの1年生で、私にとってまったく新しかった法律の勉強というものにうまく馴染めず、日々の予習復習や課題などと格闘しつつも、ある意味燃え尽き症候群のようになっていました。

 それ以前に、私には学部の4年生の時にカナダに1年間交換留学をし、帰国後すぐに法科大学院の入学試験を受け、翌春にめでたく入学を果たしたという経緯がありました。
 そして、交換留学先から帰国した人の特徴として、帰国して1年後くらいによく「逆カルチャーショック」を経験する人が多いそうです。
 私もおそらくその「逆カルチャーショック」の時期にあったようで、ロースクールのハードな生活と重なってかなり苦しい思いをしていました。

 そしてある時、何もかもが嫌になり、「もういいや!」と全てを投げ出したのです。
 勉強のことで悩んでも成績が上がるわけでもなく、更に苦しくなって、朝起きるのさえもつらくなっていったので、もう勉強のことで悩むのはやめたのです。
 そして、勉強に費やす時間を最小限におさえて、あとはとことん遊びまくりました(笑)
 あの時期にあれほど豪快に遊んでいたのは、ロースクールの中では私くらいだったと思います(笑)

 そうして、新しい人や出来事との出会いを求めつつ、更に自分の良い所を高めたいという気持ちを常に持っていた時に、あるきっかけがあってパワーストーンを購入しました。
 それは、店員さんにその時の私にぴったりな石を選んで作ってもらった、私だけの特別なブレスレットでした。
 そして、それまでしていたブレスレットをばらばらにし、その石を近くの神社の境内の松の木の下に埋めました。
 「今まで私と一緒にいてくれてありがとう」という感謝の思いと、「これからは今までよりももっとたくさんの良いことがやってきますように」という願いを込めて、石を松の木の根元に埋めたのです。
 月がとっても美しい夜でした。

 そうやって私は一つの区切りを設け、次の日からは新しいブレスレットを身につけることにしたのです。

 その翌日、私はちょうど大学の後輩の寮祭に行くことになっていました。
 最初は学校が忙しくて行くつもりはなかったのですが、さっきお話したような心境の変化もあって、急遽チケットを譲ってもらったのです。
 
 その後輩は、大学で留学生のためのチューター活動を通して知り合った子でした。
 私は大学2年生の時から積極的に留学生との交流活動に参加していたのですが、ロースクールに入学してからは、忙しくてそういった活動にも参加できずにいたのです。
 それでも少しでも自分の興味のあることをしたいと、当時私はミシガン大学からの交換留学生の会話パートナーをしていました。
 その時私はすでにミシガン大学の修士課程からの合格通知をもらっていて、本当は2007年9月からの留学だったところを、ロースクールが忙しいからという理由で、入学を2008年9月まで1年間先延ばしにしていたのです。
 そういう理由で、私はミシガン大学からの留学生の会話パートナーになることを希望したのです。
 そして、その後輩も当時は留学生のチューターをしていて、私の会話パートナーとも知り合いでした。

 そうやって、留学生との交流に興味がある人ととは、留学生を通して何かしらつながりがあるものなのですが、やはりその後輩の寮祭に行ってみると、留学生がたくさん来ていたのです。
 もちろん、私の会話パートナーと、彼の当時の彼女も一緒に来ていました。
 彼は他にも留学生の友達をたくさん連れてきていたので、一度にたくさんの留学生とお友達になれました(ほとんどが男性でしたが)。

 そうして、寮祭も中盤に差し掛かった頃、会話パートナーの他の友達がちょうど遅れて寮祭に到着したという知らせを受けました。
 私が何気なく入り口に目をやったところ、中は暗くて周りがよく見えなかったにも関わらず、一人すっごく綺麗な子が入り口から入ってくるのが目に留まったのです!

 私は一瞬息を呑みました。
 顔立ちも綺麗ながら、その髪の見事なこと!!
 金髪というよりは、オレンジゴールドに輝く髪・・・と言ったほうが正しいでしょうか。
 さらに、そのしなやかで艶のある髪質・・・
 (女の子というのは、一瞬のうちにこれだけの情報をキャッチしてしまうのです。)
 私は海外経験も多く、たくさんの白人さんを見てきたつもりでしたが、こんなに美しい人に出会ったのは、その時が初めてでした。

 私はやや興奮気味(笑)に、会話パートナーに向かって、
 「ねえねえ、あの子のこと知ってる!?すっごくキレイ!!」
と問いかけたところ、
 「あぁ、あれは俺の友達のアダムだよ。前に話した、俺と同じミシガン大学から来た奴。」
と流暢な日本語で返されたのです。

 「えぇっっ、、あれがアダム!!!??」 

 私はてっきりその子は女の子だと思っていたので、実は男の子だったということと、会話パートナーの友達のアダムだったということに二重に衝撃を受けました(笑)。
 なぜって、アダムのことは以前会話パートナーから聞いていたし、写真も見たことあったし、なにより寮祭に招待してくれた後輩のチューティー(チューター⇔チューティー)でもあったのですから。
 この時の衝撃は、今でもはっきり覚えています(笑)

 そして私は超興奮して、会話パートナーに
 「ねえねえ、是非アダムを紹介して!!」
とねだり、めでたくアダムと話をすることができたのです。

 でもアダムは最初ちょっとシャイで、なかなか話をしてくれませんでした。
 というより、私があまりにアダムに見とれて、あからさまにジーっと長時間見つめてしまったのが、彼をナーバスにしてしまったようです(笑)
 私は普段はそんなに大胆なことができる女の子ではないのですが、あの時ばかりは、恥ずかしいとかいう次元を超えて、ただただアダムに目を奪われていたのです(笑)

 そんな私のあからさまなアプローチが功を奏したのか、寮祭の後に誘われた留学生のみんなとの飲み会で、アダムと二人っきりで話をする機会があり、その後彼からデートに誘われました(He asked me out)。

* * * * *
2009.06.15 Mon l ├幸せ l Comments (0) Trackbacks (0) l top
突然ですが、皆さんにご報告があります☆

実は私、学生業の傍らで翻訳業を始めました

具体的に言うと、漫画やアニメ、ゲームなどのエンターテイメント系のコンテンツを、英語から日本語、日本語から英語に翻訳する、フリーランスの翻訳家として、翻訳業を始めました★★

どうやってここまで行き着いたかというと…

私が本当に叶えたい夢は何だったのかということに気づいてからというもの、
今まで見過ごしてきた私の本当の気持ちが、
溢れて溢れて止まらなくなってきたのです…。

本当は、私は小さい頃から漫画を描いたり読んだりするのが大好きで、
自作の漫画の本や新聞を作ったりして、
友達に見せたりするのが大好きだったのに、
母親が私に漫画を描くことよりも勉強することを望んだため、
勉強せずに絵を描いているところを母に見つけられる度にきつく叱られるということを繰り返すうちに、
次第に私は自分の心に嘘をつくことを覚えていったのです…。

漫画なんかすきじゃない。
絵を描くのなんてつまらない。
私はもっと他のことをする方がすき。
勉強するほうがよっぽどいい。
私は漫画なんて好きじゃない――

そうして私は、本当に漫画や絵を描くということを忘れてしまったのです。
本当に、もう絵を描いたり漫画を読んだりする気がしなくなったのです。
それらのことを考えるだけで、おっくうに感じるようになったのです。
そうやって、私は自分にすっかりだまされていました。
本当にごく最近まで、私はもうこれらのことからは”卒業”したものだとばかり思っていたのです。

でも本当は、私の漫画や絵を描くということに対する情熱は
消えてなんかいなかったのです。
私の心の奥深くで、
ひっそりと、
だけど確実に、
いつかまた私に見つけられる時を待っていたのです。

そのことに気づいてからというもの、
私の子供の頃の感情が涙と一緒にとめどなく溢れ出てきては、
私の心を切なくて悲しい感情で満たすのと同時に、
私の子供の頃からの夢がどんどん膨らむようになり、
いつしかそれが私のパワーの源となっていったのです。

その後私は、様々な途中経過を経て、エンターテイメント翻訳というものに出会いました。

今までは散在しているように見えていた私の数々の夢も、
まるでパズルのピースがぴったりとはまるように、
一つの線でつながりました。

"Life is all about connecting the dots."(Yoshimi Murakami, 2009)


 そういう訳で、私はエンターテイメント翻訳を開始しました。
 フリーランスの翻訳家というのは、特定の企業に雇われるという形ではなく、いくつかの企業と個人的に契約を結び、案件が発生する度に依頼を受けるという勤務形態です。ですので、海外にいても、インターネットとメールが使える環境にさえあれば、在宅でできてしまう職業なのです。

 しかし、フリーランスの翻訳家といっても、すぐに企業と契約が結べるわけではありません。たいていは、企業が募集している求人に対して、経歴書などの応募書類を送った後、企業側の書類選考を経て、企業が実施するトライアル試験というものを自宅受験します。そのトライアルに合格すれば、晴れて企業と契約を結べることとなるわけですが、契約を結んだからといって、ばんばん仕事が入ってくるかどうかはその人の仕事ぶり次第、といったところのようです。

 そして私はいまどういう状況かというと。
 エンターテイメント翻訳系の2社に応募書類を提出し、2社ともからトライアル課題が送られてきました。
 その一つの課題の締め切りが昨日の夜だったのですが、この課題の翻訳がとっても大変だったのです!
 この会社はゲームの開発を支援する企業なため、課題はほぼゲームに関する内容について英語から日本語に、また日本語から英語に翻訳するというものでした。
 中でも一番苦労したのが、英語のジョークを日本語に訳するパートと、日本語のなぞなぞを英語に訳するパート!課題の内容は機密扱いとなっているので、ここではお話することはできませんが、どちらも”英語だからこそ”、また”日本語だからこそ”意味をなす内容なので、そのまま訳したのでは当然意味をなさないわけです。
 
 これらの部分の翻訳に関して、粘りに粘って提出期限ぎりぎりまでずっとアイデアを考えていたのですが、その時ちょうど何人かの友達が側にいたので、一緒にいい案を考えてもらいました(笑)
 不思議ですが、アイデアというものは一人で考える時よりも、仲間と一緒にああでもない、こうでもないとわいわいやっている時のほうが、予想もしなかったようないいものに行き着く場合が多い気がします。

そういうわけで、無事に第一のトライアル課題を提出したのでした
第二のトライアル課題は、来週提出となっているのでまだ少し余裕があります。
これらトライアル終了後には、また新しく1社に応募しようと思っています☆ 


私の夢は、まだ動き出したばかり

でも確実に、前進していっている☆

いろんな人を巻き込みながら、

しっかりと、一歩一歩前に進んでいる★
2009.06.13 Sat l ├夢 l Comments (0) Trackbacks (0) l top
 今日は、同じ大学に交換留学で来ている日本人のお友達と、ランチをしました

 その子に会うのは、本当に久しぶり。今年の1月に、あることがきっかけで偶然知り合ったのですが、会ってみてびっくり!彼女は早稲田のロースクールからの交換留学生だったのです!
 日本のロースクールから交換留学する人なんて、ほんとにごくわずかしかいないのです。なぜなら、みんな司法試験のプレッシャーがあってそれどころではないから・・・。彼女も、こんなところで日本のローを休学して留学しに来てる日本人に会うなんて思ってもいなかったらしく、お互いびっくり!な不思議な出会いをしていたのでした。

 その後、お互い冬学期の間は授業が忙しくて、全然会う機会がありませんでした。まあ、私に関して言えば、勉強のプレッシャーがものすごく、ほとんど他の事をしようと思う心理的余裕がなかったというか・・・。そして彼女は彼女で、留学のストレスから体調を壊し、1週間程しかない春休みの間に、日本に一時帰国していたというのです。お互い、冬は大変だったね・・・という話をしました。

 そんな彼女も、現在では体調も回復し、1年間の修士プログラムも無事卒業し、今は7月に実施されるNY州の司法試験を受験するために、毎日勉強をがんばっているようです。彼女は交換留学生ではあるのですが、ミシガン大学で修士号を取得したので、NY州(カリフォルニア州も可)の司法試験を受験することができるのです。
 なので、彼女との会話は私にとってとても興味深く、また日本のロースクールの実情もお互い知っているので、話にとっても花が咲きました

 そうやって話をしているうちに、私は前から彼女に聞きたかった質問をしてみました。
 それは、
 「英語を話すときのコツは?」
という何とも漠然とした質問(笑)。
 彼女は幼少期を4年間イギリスで過ごし、高校もシンガポールにあるアメリカン・スクールに通っていたため、英語力は抜群!ほぼネイティブと言えるくらいの実力で、発音もイントネーションもとってもきれい!
 なので、一度彼女にそのコツを聞いてみたいと思っていたのです。

 というのは、最近自分の英語力が気になりだしていたからです。
 留学してから、確かに英語での読解力や文章力は上達したのですが、会話力がいまいち冴えない・・・。留学前からあまり進歩していない気がするのです。
 それどころか、冬学期はずっと家に引きこもって勉強ばかりしていたため、初対面の人に話しかけるのが怖い(笑)「対人恐怖症?」とも思ってしまうほど。そういう意味では、私の会話力ってむしろ落ちたのかもしれない。。。

 ということを、以前誘われて行った友人宅でのパーティーでひしひしと感じ、なんとも惨めで寂しい気持ちになっていたのです。
 昔はもっと、積極的にいろんな人に話しかけ、英語で会話をするということをもっともっと楽しんでいたのに・・・。
 ちなみに私の彼氏はアメリカ人で、毎日英語で会話していますが、その効果は現状維持程に留まっています。同じ人とだけずっと会話していても、ある意味そのことにも慣れてしまうので、積極的に英語力の向上を意識して会話していかないと、結局大した効果も望めないのです。

 という訳で、興味津々に友人にそのコツを聞いてみると・・・。
 彼女に限らず、何年も英語圏の国で生活していて、英語が堪能な人はだいたい同じことを言うのですが、答えは、
 「特にコツはない」
です(笑)
 というか、自然にそれをやってしまうので、特に意識して何かをするということはないというのです。
 それじゃあ、何だか私たちスロースターターは希望を持てないようにも感じますが・・・。

 ただし一つだけ、「準ネイティブ」の彼らが口を揃えて言うのは、
 「英語を話すときは頭の中が英語脳になっている」
ということです。
 つまり、彼らの頭の中には二つの脳があり、英語を話す時には英語脳にスイッチするので、まったく日本語の回路とは違う回路を使って、英語を話しているというのです。
 そして、英語脳の時には、言葉だけではなく、例えば身振りや考え方なども、全て英語(アメリカ)バージョンなのです。

 そんな英語脳はどうやったら作れるのかというと。
 いろんな人の話を総合して考えた結果は、ずばり「ネイティブを真似ること!」
 いろいろな人と積極的に話をし、ネイティブたちの話し方、単語の使い方、イントネーション、身振り、手振りなどを真似しているうちに、それが自分のものとして身についてくるというのです。
 そして、もっと大事なことは、その「英語脳」を徹底すること!
 自分が心の中で考えていることまで、注意を払って英語に変えていくのです。
 そして、これでもか、これでもかというほど徹底して英語脳を実践していくことで、自然に英語脳の回路にスイッチできるようになる、というのです。

 興味深い話ですね(笑)

 そういえば私も、学部時代にカナダの大学に交換留学した時に、「準ネイティブ」の日本人の友達から、
 「英語で考えるようにすると英語が上達するよ」
というアドバイスを受け、それを実践した結果、飛躍的に会話力が伸びたことを思い出しました。
 確かにその時は、自分の英語が上達していくのが嬉しくて、英語を話すのが楽しくて仕方なかった・・・。

 そして、私の友人も、そうやって苦労する時期を経てここまできているということを聞いて、少し驚きました。

 そこから私が学んだのは、人間はただ恵まれた環境にいるだけでは十分ではなく、その環境を最大限活かそうとする姿勢がなければ、その恩恵を受け取ることもできないということ。
 それは、英語力や何かのスキルだけに限らず、幸せを追求する上でも同じこと・・・。
 環境に幸せを求めるのではなく、今の自分がいる環境を最大限に活かそうとすること、そのことこそが幸せの正体なのかもしれない・・・。

 それに気づいた今こそが、幸福への第一歩★
2009.06.03 Wed l ├英語 l Comments (0) Trackbacks (0) l top
このところ、これからの人生の方向性について考えることが多いです。

心から賭けたい夢を発見した私。

でも、私の夢はそれだけではないのです。

自分でも欲張りだと思うのですが・・・

私は、ここアメリカで「うつくしき法律家」になりたい。

これは、私のもう一つの夢とは違う次元での夢なのかもしれない。

それでも、私の大切な夢であることに変わりはない。

私は、自分の心に正直に、全ての夢を叶えていきたい***


 と、いうことで・・・

 『私の夢②:アメリカで企業弁護士になる』を叶えるために、現在用意している道は二つ。

 1.アメリカのロースクールに進学する
 2.アメリカの法律事務所に就職し、お金を貯めながら経験を積み、その後でロースクールに出願する

もちろん、プラン1が本命です。今年の11月までに、希望のロースクールに出願するつもりです。そのためには、9月にLSATという試験を受け、一定の点数をクリアし、指定の書類を揃える必要があります。

 プラン2を叶える方法としては、地道にアメリカで就職活動することになります。実は、日本語と英語を話せるバイリンガルのためにアメリカでの就職を斡旋をしているエージェントは多数あり、そのうちの幾つかには既に登録しています。その中の幾つかのエージェントからは、オンラインでの登録後、電話でのインタビューを受けました。そしてわかったことが幾つかあります。

 まず、私の卒業予定が来年の5月なので、就活を始めるにはまだ早すぎるということ。ほとんどのエージェントが募集しているポジションというのが、すぐにでも働ける人を募集している場合にあたるため、卒業までまだ1年近くある私にとっては、どのポジションにも応募することができないのです。かなり早い時期から一斉に就活を開始する日本とは違って、かなりカジュアルな感じを受けました。

 そして、もっと重要なのが、ビザについての問題です。アメリカで働くには、就労許可のおりているビザを保有している必要があります。そして、そのビザを申請する際の条件として、申請者の就こうとしているポジションが、申請者の大学での専攻に関連している必要があるのです。これは、私にとっては大問題です。なぜなら、私は現在大学院で経済学を専攻しているため、法律関係の仕事に就くことは理論上難しいことになります。

 この点に関しては、これから何とか解決策を見つけなければなりません。方法としては、法律事務所において経済学に関連するスキルを要求するポジションを見つける、などが考えられますが・・・。もっといい代替策が必要です。

 とにかく、プラン1が私にとって理想的なのは確かなようです。何事も、実際に自分で動いてみて、いろいろ見えてくるものなのですね。これからの私にできることは、できる限り全てやっていこうと思います☆☆
2009.06.02 Tue l ├夢 l Comments (0) Trackbacks (0) l top