夢を持つということは、一般的にとてもいいことと考えられています。
人は、夢があるからこそ具体的な目標を設定できるし、具体的な目標があるからこそ、人は頑張ることができるのだと思います。
夢は、人を輝かせてくれるとてもいいものです。

しかし、自分の夢に自分が苦しめられるということも、残念ながら起こり得るのです。
例えば、理想の自分と現在の自分を比べて、そのギャップに苦しんでしまう。
今のままでは到底夢を実現できないと焦ってしまって、無理な努力を続けてしまう。
夢に向かって努力をしていても、「こんなことをしていて本当に夢を実現できるのだろうか」と不安になる・・・。
あらゆることに表と裏、良い面と悪い面があるように、自分の夢が自分に与える影響にも好ましい面と好ましくない面があるのです。

私なんかは、大きな夢を掲げているため、それによっていい刺激もたくさん受けるのですが、反対に自分で自分の首を絞めていることもよくあります。
例えば、私は現在ロースクール出願に向けてLSATという試験の勉強をしているのですが、この試験のための勉強を、「LSATで合格点を取るため」の勉強と位置づけてしまうと、日々の勉強がたちまち”Chores”となり、苦しいこととなってしまうのです。
なぜなら、本番でいい点数を取るということに照準を当ててしまうので、練習問題をこんなに間違ってしまったとか、制限時間を大幅にオーバーしてしまったとか、そういった「足りない部分」にばかり目がいってしまうのです。
その結果、「こんなんで合格点なんか取れるわけない・・・」と落ち込んでしまい、「このまま勉強を続けても合格点が取れなければ時間を無駄にするだけではないか」と思うようになり、ますます勉強が辛くなるという悪循環に陥ってしまうのです。

しかし、それでは日々の努力も必要以上に辛く感じてしまい、長く続けることなど到底できません。
夢を実現させるためにその努力を始めたのに、夢に押しつぶされて努力を断念してしまうなんて、なんともったいない。
自分の夢のために自分を不幸にするのは悲しいことです。

しかし、そんな私の悪循環を断ち切ってくれたのは、司法試験の受験指導で知られる『伊藤塾』の塾長・伊藤真先生の著書『夢を現実に変える方法』にあった言葉でした。

“夢は、将来の自分のためにあるのではない。”
今の自分を輝かせるためにあるのだ。
(後半部分は一部私の解釈で変更を加えました。)

「将来のことを考えて楽しむのも、もちろんいい。しかし、それは「将来が楽しいから」ではなくて、「今、そのように考えていられる、自分の幸せを実感できる」から楽しいのです」と、伊藤真先生はおっしゃっています。

今の努力が実を結ぶかどうかはわからない。でも、結果がわからないからといって、今の努力が無駄になるかどうかなんて、誰にもわからないのです。
それでも、人が夢に向かって努力をするのは、その夢を本当に実現させたいという強い思いがあるからではないでしょうか。
人は、望んだ結果が手に入りそうだからとか、そんな計算が働くから努力できるものでもないですし、そんな計算に後押しされた意志なんて弱いものです。

今自分がやっていることが、望んだ結果につながるかどうかはわからない。
それでも私は、努力し続ける。
なぜなら、私には夢があるから。
「夢がある私」だからこそきっと、努力をやめてしまうと私でなくなってしまうのだと思います。

私は夢を追い続ける。
私が私であるために。

Yoshimi
2009.08.19 Wed l ├感情 l Comments (0) Trackbacks (0) l top

Comments

Post a comment












Trackbacks

Trackbacks URL
http://legallybeauty.blog126.fc2.com/tb.php/35-a7b88600
Use trackback on this entry.